About us
私たちの使命
こけしの記録を未来へ繋ぐ。
日本の東北地方北部にあるこけしの発祥地の一つ、宮城県からこけしをお送りします。
大量生産される以前は、こけしは子供のおもちゃでした。現代では、こけしはインテリア装飾品となっています。
私達の生まれた宮城県では、ほとんどの家庭にこけしがありました。自分で買ったものもあれば、贈り物として贈られたものもありました。
2011年の震災前、大きな地震があった時、友達や会社の同僚と「家族は大丈夫だった?」「大丈夫だったよ、こけしが倒れただけだよ」などと話していました。地震の大きさをこけしで測ったり、こけしは私たちの生活に深く根付いていました。
津波で家を失った人の中には、店のこけしを懐かしそうに触りながら「うちにもこけしがあったよ」と言ってくれた人もいました。
伝統こけしと呼ばれる古典的なスタイルのこけしは、一見すると「かわいい」とは言い難いかもしれません。そのシンプルな表情、頭や体の装飾の可愛らしさを理解するには、少し説明と想像力が必要かもしれません。
ドレッシングをかけずに野菜を食べるのと似ていると思います。野菜本来の味を知ると、その魅力がもっと見えてくると思います。
日本の劇作家であり詩人でもある寺山修司(1935-1983)は、標準語は政治や経済について語る言語になってしまった、と述べました。私たちが自分の人生を深く語るときに使える言語は、方言の一種です。
こけしは私たちの東北社会における一種の方言であると思います。
方言は、その独特な言葉、音、リズムのため標準語では理解されませんが、豊かで奥深い表現を持っています。
しかし、150年以上も作り続けられてきたこけしは、昔と全く同じ形をしているわけではありません。時代に合わせて進化しています。これからも同じ道を辿るかもしれません。
こけしを撮るということは、この時代のこけしの記録を撮っているということです。あなたは、こけしを収集することで、その歴史を共有している方なのです。
原始的でありながら現代的な雰囲気も持ち合わせた、当地域のこけしをご紹介させていただきます。